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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4079号 判決 1997年1月22日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

品川政幸

被告

アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー

右日本における代表者

戸國靖器

右訴訟代理人弁護士

大江忠

大山政之

主文

一  被告は、原告に対し、金六一六万円及びこれに対する平成五年二月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告の妻の甲野花子(以下「花子」という。)を保険契約者かつ被保険者、原告を死亡保険金受取人として、被告との間で締結された介護保障保険契約(以下「本件保険契約」という。)に基づき、原告が、被告に対し、花子が死亡したことによる死亡保険金六一六万円の請求をしたところ、被告は、原告に告知義務違反があったとして、本件保険契約を解除し、右保険金の支払を拒否したため、原告が、本件保険契約締結につき告知義務違反の事実はなく、仮にあったとしても、被告には重要なる事実を知らなかったことにつき過失があるから解除はできないとして、解除の効力を争った事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成四年七月七日、花子に代わって、被告との間で、次の内容の本件保険契約締結の手続をし、第一回保険料三万〇〇二〇円を支払った。

保険種類 介護保障保険

被保険者 花子

死亡保険金受取人 原告

責任開始日 平成四年七月七日

保険期間 終身

主契約口数 一〇口(死亡保険金一口につき給付金六〇万円)

医療給付特約口数 一〇口(保険金一口につき疾病入院給付金日額一〇〇〇円)

主契約保険料 一か月二万二〇三〇円

医療給付保険料 一か月七九九〇円

なお、原告は、同月二二日、被告との間で、原告を保険契約者かつ被保険者とする保険契約を締結した。

2  本件保険契約締結の手続をするに際し、原告は、右契約の約款(以下「本件約款」という。)第二〇条に基づき、平成四年七月七日付けで、本件保険契約の「告知書」(以下「本件告知書」という。)に、次のとおり記入し、被告に提出した(乙二)。

(一) 本件告知書1の「最近3カ月以内に、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。また、その結果、検査・治療・入院・手術をすすめられたことがありますか。」という項目について、「いいえ」の欄に○を記入した。

(二) 同4の「過去5年以内に、下記の病気で、医師の診察・検査・治療・投薬をうけたことがありますか。」という項目のエの「胃腸・すい臓の病気―胃かいよう・十二指腸かいよう・かいよう性大腸炎・すい臓炎」という項目についても、「いいえ」の欄に○を記入した。

(三) 同6の「過去2年以内に健康診断・人間ドックをうけて、右記の臓器や検査の異常(要再検査・要精密検査・要治療を含みます)を指摘されたことがありますか。―心臓・肺・胃腸・肝臓・すい臓・胆のう・子宮・乳房・血圧測定・尿検査・血液検査・眼底検査」という項目について、「うけていない」の欄には○を記入せず、「いいえ」の欄に○を記入した。

3  その後、原告は、被告に対し、花子に代わって、本件保険契約の約定に従い、平成四年一二月まで、毎月三万〇〇二〇円の保険料を支払った。

4  花子は、平成四年一二月二八日から平成五年一月一二日まで一六日間、獨協医科大学越谷病院(以下「本件大学病院」という。)に入院したが、同月一二日に死亡した。

5  原告は、平成五年二月一九日ころ、被告に対し、花子の死亡保険金六一六万円の支払を請求したが、被告は、原告の行為は、本件約款第二〇条に違反するとしてこれを拒否し、同年三月一六日、原告に対し、右約款第二一条に基づき、本件保険契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点

1  原告に告知義務違反の事実があったか。

原告は、平成四年七月一七日に丙川醫院の丙川春夫医師から、花子は胃の精密検査を受ける必要があることを聞いて初めて、花子が病院に通っていることを知ったのであり、告知義務違反の事実はない旨主張する。

2  被告の本件保険契約の解除は有効か。

原告は、被告の社員であった乙山一郎(以下「乙山」という。)は、花子に対し、告知事項を確認すべきであったにもかかわらず、これを怠ったことにより重要な事実を知らなかったのであるが、これは、保険者である被告が過失によって解除の原因となる重要な事実を知らなかったことに当たるから、本件保険契約の解除は認められない旨主張する。

第三  争点に対する判断

一  証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件保険契約締結の経緯

(一) 原告は、平成三年一一月ころ、原告が参加していた無尽の会で、被告に勤務し、保険外交員をしている乙山を紹介された。原告は、同人から保険の勧誘を受け、平成四年六月二六日ころ、保険の説明をして欲しい旨電話で依頼した。

(二) 原告は、病気で入院したときに役立ち、老後の介護が保障され、かつ、死亡保障がある保険を希望したため、乙山は、原告とあらかじめ打ち合せた平成四年七月七日午後一時ころ、花子を被保険者とする右希望に沿った介護保障保険の企画書を持参して、原告の経営する甲野株式会社を訪れ、原告に対し、毎月の保険料や保険金等保険の内容を説明した。

(三) 原告は、その場で、花子について保険に加入することとしたが、被保険者の花子が不在であったため、乙山から求められるままに、原告が花子に代わって、花子名義で保険申込書に署名、押印し、本件告知書の記入を行い、本件保険契約を締結して、第一回保険金を支払った。なお、乙山は、その際、花子は不在であったが、原告は花子と家庭でも職場でも一緒であり、保険契約締結についても原告が一切を任されていたことから、当然原告は、花子の健康状態を十分に知っているものと考えた。また、右保険契約締結に際し、事前に原告に対し、花子を同席させるよう指示していなかった。

また、原告は、事前に花子に本件保険契約に加入することについて具体的に話をしていないが、同人の保険の加入及び保険金の支払等について、同人から一切を任されていた。

2  花子の健康状態について

(一) 花子は、昭和六三年九月二七日ころから、本態性高血圧のため一か月に一、二回丙川醫院に通院し、診療、投薬を受けていた。

(二) 花子は、平成四年六月一一日、高血圧の投薬のため丙川醫院を訪れた際、同月一九日に胃のレントゲン検査をすることを予約し、同月一九日に同醫院で右検査を受けたが、この結果、丙川医師から、精密検査の必要があるとして本件大学病院消化器内科での受診を勧められた。

(三) 花子は、平成四年六月二二日、本件大学病院を訪れ、同年七月三日に同病院で胃の内視鏡検査を実施することを予約した。

(四) 花子は、平成四年六月二五日、胃痛を訴えて丙川醫院に来院し、胃痛を和らげるための内服薬であるタガメット、ブスコパンの投与を受けた。

(五) 花子は、平成四年七月三日、本件大学病院で胃の内視鏡検査を受診したところ、胃癌の疑いがあったので、同月二一日に同病院に入院した。

(六) 花子は、平成四年八月一三日、同病院で胃の全摘手術を行い、同年九月一八日に退院した。しかし、同年一二月二八日、病状が悪化し、同病院に再入院し、平成五年一月一二日に死亡した。

二  原告の代理行為について

一で述べたとおり、乙山との交渉、保険加入の決定、契約書の作成、告知書の記入等は全て原告が花子から包括的に一任されて行っており、本件において、原告は、本件保険契約締結について花子から代理権を付与され、同人の代理人として右契約を締結した場合と同様に考えることができる。したがって、本件保険契約における告知義務違反の有無は、原告を基準に判断すべきである(民法一〇一条一項)。

三  原告の告知義務違反について

1  告知義務

(一) 本件約款第二〇条は、「保険契約の締結または復活の際、会社が被保険者に関し書面で質問した事項について保険契約者または被保険者は、その書面により告知することを要します。ただし、会社の指定する医師が口頭で質問した事項については、その医師に口頭で告知することを要します。」と規定され、同第二一条一項には、「保険契約者または被保険者が前条の告知の際、故意もしくは重大な過失により事実を告げなかったかまたは事実でないことを告げた場合には、会社は、将来に向かって保険契約を解除することができます。」と規定され、また、同条二項には、「会社は、死亡保険金、介護給付金または介護年金の支払事由あるいは保険料の払込免除事由が生じた後でも保険契約を解除することができます。この場合、会社は、死亡保険金、介護給付金または介護年金の支払あるいは保険料の払込免除を行ないません。また、すでに死亡保険金、介護給付金または介護年金を支払っていたときは、その返還を請求し、すでに保険料の払込を免除していたときは、その保険料の払込免除を取り消します。」と規定されている(乙一号証)。

(二) また、被告は、保険契約締結後に、保険証券とともに「被保険者の告知書写について」という書類を、告知書のコピーを添付して保険契約者宅に送付することになっているが、右「被保険者の告知書写について」という書類には、告知書の内容が事実と相違していたり、告知漏れがあった場合は、訂正欄に記入して被告に連絡して欲しい、もし事実と相違していたり、告知漏れがあると、保険金の支払に支障が生じることがある旨の記載がある(乙五の1、2)。

2  原告の認識及び告知

原告は、花子の通院、診察、検査の事実について、花子から知らされておらず、全く知らなかった旨主張する。

ところで、証拠(甲三、一一、乙二、五の1、2、八、九の1、2、一一、一三の1ないし3、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 花子は、原告と二七年間にわたり結婚生活を続け、平成四年六月当時も一緒に生活して食事の支度等の家事をする他、原告の経営する甲野株式会社に勤務して、同社の経理等の事務をしていた。

(二) 原告も、平成四年六月当時、花子と同じく丙川醫院に通院していた。

(三) 原告は、平成四年七月一七日、丙川醫院の丙川医師から、花子は胃癌の疑いがあることを告げられ、本件大学病院を紹介された。原告は、同月二〇日、同大学病院の松本助教授から、花子が胃癌であることを告げられ、花子は、翌二一日、同病院に入院した。

(四) 原告は、本件保険契約締結後に被告から送付された前記「被保険者の告知書写しについて」という書類には、事実に相違する旨の回答をしなかった。

3  前記争いのない事実等及び右認定事実(本件保険契約締結の経緯、花子の健康状態について、原告の認識及び告知)を総合すれば、原告は、本件告知書作成の時点で、花子が、平成四年七月七日から五年以内に胃かいよう等の病気で診療・検査・治療・投薬を受けた事実について認識していたとまでは認定することができないとしても、少なくとも花子が本態性高血圧性のため同日から三か月以内に丙川醫院において診察・検査・治療・投薬を受けたこと、また、同日から二年以内に健康診断を受けて、血圧測定により異常を指摘されたことについては、認識していたものと推認できる。そうであれば、原告は、本件告知の際、故意に右事実を告げなかったことになる。

仮にそうでなかったとしても、原告は、花子に代わって本件保険契約締結の手続をし、本件告知書に記入したのであるから、当然真実を記入する義務があり、しかも、告知事項中不明確な点は容易に花子に確認できたのであるから、それを怠って告知書に虚偽の記入をした点において、少なくとも重大な過失により事実を告げなかったことになる。

とすれば、花子が、平成四年七月七日から三か月以内に、本態性高血圧のため一か月に一、二回丙川醫院に通院し、診療・投薬等を受けていたこと、また、同日から二年以内に健康診断を受けて、血圧測定により異常を指摘されたことについては告知の対象になっていたというべきところ、原告は、右事実を知っていたにもかかわらずこれを告知しなかった、仮にそうでないとしても、少なくとも前記のとおり、重過失によって右事実を告知しなかったのであるから、原告は、本件約款第二〇条の告知義務に違反したものといわなければならない。

三  被告の契約解除について

1  原告は、保険会社においては、保険契約の締結に際し、告知書は被保険者自身に記入させるのが原則であるにもかかわらず、乙山は、あらかじめ原告に花子の同席を求めることも、花子から直接告知事項について確認を取ることもしていない。一方原告は、花子が胃の不調を訴えて丙川醫院に通院していることを知らなかったのであり、乙山が花子に確認さえしておれば、同人の通院の事実が告知されていたものである。このような乙山の過失により、被告は花子の通院の事実を知り得なかったのであり、これは、保険者が過失によって重要な事実を知らなかったことに該当するから、公平の観点からも本件保険契約の解除は認められない旨主張する。

2 本件約款第二二条は、会社が保険契約締結の際、解除の原因となる事実を過失のため知らなかったときは、告知義務違反を理由とする保険契約の解除はできない旨規定し(乙一)、右規定は、商法六七八条一項ただし書と同旨と解されるところ、右ただし書にいう「過失ニ因リテ之ヲ知ラサリシトキ」とは、保険者が相当の注意を用いたならば、被保険者の生命の危険予測について重要な事実を知ることができたのに、注意を怠ったため知らなかった場合をいい、そして、右過失は、契約者が告知義務違反をしたにもかかわらず、衡平の観点からみて、保険者を保護するのが相当でないと考えられるような保険者の不注意を指すと解される。

3  本件告知書作成の経緯は前記一記載のとおりであるが、本件保険契約締結の際、乙山が花子を同席させるよう原告に求めておらず、乙山が甲野株式会社の事務所を訪れたのは平成四年七月七日一回のみであり、その後、花子と連絡をとり、同人に告知事項を確認しようとしたことは全くうかがわれない。しかも、乙山は、仮に同人の予想に反して花子が不在であったとしても、右事務所において、原告に対し、花子に代わって本件告知書に記入するよう求めている(原告本人、弁論の全趣旨)のである。

4 告知義務の対象となる事実が、主に被保険者自身の健康状態に関する事実であることを考慮すると、少なくとも被保険者自身から告知を受けるのが原則であり(これは乙山も証言するとおりである。)、原告が花子に代わって告知書に記入したとしても、事後に花子に確認するなどすべきであって、たとえ大量の保険契約については手続の簡素化が必要であるとしてもこれにより右義務が軽減されるものではない。

5  以上の点を総合すれば、乙山は、少なくとも被保険者である花子に告知事項を確認すべき義務があったのであり、しかも容易に確認できたにもかかわらずこれを怠り、軽率にも花子の健康状態は夫の原告が知っているものと安易に決めつけ、原告に本件告知書に記入させて本件保険契約を締結したものであり、過失があったものといわざるを得ない。

そうであれば、前記のとおり、原告に告知義務違反があったとしても、被告は、過失により解除の原因となる事実を知らなかったことになるから、本件約款第二二条に照らし、本件保険契約を解除することができないこととなり、よって、被告のした本件保険契約の解除は無効であるといわなければならない。

四  以上のとおり、原告の請求は理由があるので、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官木村元昭)

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